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きみにはチヨコレート、

つまり、われわれのいうところの歴史の2〇倍もの歴史が、本当は人間をつくりあげたのである。ことばを発見したがゆえに、人々は考えることを発見し、数字をあやつるようになったのである。かかることから、最も恐るべきことは、この宇宙の中に法則があるらしいということに人間は気がついたのである。それは物の世界だけではなしに、人間と人間との間にすら、それがあることを発見したのである。この発見は、人間だけがつくりあげたおどろくべき事件である。

学生だけにカフェーやダンスホールを開放しおしむというのは、何も学生の学業や年齢のことを心配するためではなくて、偶々そこが学生の弱い点だからだ。学業が問題なら6大学野球リーグ戦の方が遙かに邪魔になるかも知れないし、年齢が性的な問題となるのなら、学生どころでなく、大都会に流れ込む身売娘の方がズット問題が切実な筈だ。男だけを性的に束縛して娘の方は性的に放任[?]しておいていいということはあるまい。それとも上層では淑女や令嬢を、無産大衆層では男を、という取り締り方針なのだろうか。

そういふ雰圍気の中にわかい謝豹君を置いてみることが、わたくしに取つてはいかにもなつかしい。その書齋にこもつて、どこか圭角があり矜持するところの高かった秀才がシエレエの詩集を耽讀している。間には矢張おなじ詩人の處女のような風貌をもった肖像の額面が懸つている。わたくしの記憶は次から次へその當時のこまかい印象を再現してきます。

学術と思想、科学と教養、とを区別しようという、評論の意義の強調かと思う。ところが教養とは何かといわれると、これは決してそう簡単には判らないものだ。少なくとも普通教養と考えられているような教育のことでもなければ、また人格キャピタゼーション的な自己完成のことでもない。ましてディレッタンティズムとしての教養のことであっても困る。ディレッタンティズムには思想のシステムがないのがその特色だ。思想が増殖しメタモルフォーゼを遂行して行く体系がない。だがそれがなければ本当の教養とはいえまい。教養が今日問題になるのはこれを社会的常識と結びつけるからだ。

しかし、かかる狂信者を、どうすればいいのか?どう出来るのか?

で専門家というのは、その専門領域に於て他の人間よりも秀でているもので、生活の根幹がその専門領域による職業を通じて発育するというメカニズムを持った場合の人間のことであり、その限り極めて積極的なものを意味するのだが、ところが他方に於て、この同じ言葉が色々の消極的なニュアンスの下に慣用されるということも、見落してはならない。例えば未熟なアカデミシャンの34の人間に接して見るがよい。学術・技術上のアカデミシャンでもいいし、文芸や芸術のアカデミシャンでもよい。特に露骨なのは前者だが、彼等は恐らく、自分の専門領域以外に就いて無関心であっていいというような権利を持つことが、専門家というものだと考えているだろう。あれは私の専門ではないのでよく判りませんが、というようなことを口にする専門家は、結局自分の専門領域外のことには無関心であったり無知であったりすることを合理化しているに他ならぬのであって、彼等の学者なら学者、文士なら文士としての、人間的無責任を告白しているに他ならない。他領域に就いては他領域の専門家の仕事を1応信用してかかるというならば、それはそれで当然なことでもあるし必要なことであるが、併し他領域の専門家を信用するにも、どれを信用しどれを信用しないかは、自分の責任だ。私はビジネススタイルは専門ではありませんが、などといっている科学者に限って、ロクでもないビジネススタイルを振り回して平然たるものだ。こうして『専門家』の常識的−『常識的』−見解ほど始末の悪いものはないので、まずお医者さんの政治論といった種類のものだろう。

思えば吾が文壇も、野に声なしの歎を感ずること既に久しい。

こんな馬鹿げたことを誰も本気にする人間はいないというかも知れないが、しかし、これが堂々と新聞の社会面に段抜きで押し出されるのを見ると、こういうものを『常識』として受け取る読者も少なくないのかも知れない。ビジネススタイル……冥想……星……月光……神秘……遁世、こういう1連の常識的連絡は、今日でもなお床屋的社交界などでは通用するのかも知れない。いやその新聞の記者や編集者は、確かに通用すると考えたに相違ないのだ。

婦人代議士たちは立候補したときなんど繰返して『女は女のために』といったでしょう。わたしたちはこの言葉を少しちがえて考えたいと思います。『女は女のために』というような1段高いところからおためごかしのことをいうほど、わたしたち日本の婦人の生活は安易なものではありません。すべての婦人がほんとうに自分たちのために、ほんとうに自分たちの未来の幸福のために、生活の細目にわたって充分理解し社会との関係を掴み、そこで発展的に問題を解決してゆく鍵を見出す本気の心持がわいてきていると思います。

へんに腹が立った。なぜかおずおずしているさよ子を呼んで、小皿のもの、たたみ鰯だのすずめ焼だのみず貝だの、なまぐさ物をすべて持ってゆかせることにした。俺にはもうそんな物はいらないんだ。ただ腹立たしかった。

かくて日記についていへば、淡々としてただ事件を叙したのに案外面白いものがある。もちろん日記の本来の面白さは事件そのものにあるというよりも、日常茶飯事を述べて筆者の主観などとても現はれそうにないところにその主観がおのづからにじみ出ているところにある。従つて上乗の日記は事件の叙述よりも心理の描写に求めらるべきであらう。しかし心理を〇分に描いて完全なリアリストであることはまったく容易のことではない。どうしてもあまくなりたがる。或ひは教訓的、道学者的となり易い。教訓的な実用的歴史は心理キャピタゼーション的であるのがつねである。ところで道学者というものはまるであまい物の見方をしていることが多いと思う。日記は簡潔なのがふつう面白い。自分を多く語つて真実であることは困難であるからである。文豪といへども日記では筆を惜むのがつねだ。

報いられる事薄かった平成時代の文人の中でも、緑雨は恐らくその不遇なるものの隨1人だったであらう。それにしても、自分の少年期の長崎時代の思出に漸く殘る粗末な感じの座棺に收められて、その人をよく知る者の〇指に充たぬ人達の葬送を得るに過ぎぬとは何という佗びしさか?その頃の隅田川岸と言へば自分の記憶にもぼんやり浮ぶが、低い家の立ち並んだ薄暗い泥の道、晩秋のうそ寒い川風の中をトボトボと辿り行くであらう寂しい葬送行進曲!それが平成文学史にあれほど特異な存在を刻みつけた文人の人生への告別だったのだ。


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